2006年08月20日

血のしょんべん?

最近、経理の人と話をした。

技術職はともかく、事務の人間の仕事の効率とか成果なんて、どうやって評価するんだっつー話らしい。

営業みたいに取引やってる部署は、取引額いくらだとか、取引先何社だとかで、判断もできる、らしい。
我々みたいな技術者は、もう売るモノそのものを開発してるわけだから、実感やら貢献も見えなくもない。

その経理の彼から聞いたのですが、
昔の上司いわく、

「昔(2,30年ぐらい前)は超過残業なんて当たり前だったし、深夜の会社のトイレで血のしょんべん流して一人前だったんだよ!」
「今は、残業規制だなんだって、過保護なんだよ。仕事の本質は変わってないんだ。みんな軟弱になったんだ。」

だそうです。

元モーレツ社員にありがちなコメントではあるけれど、

『仕事の本質は変わってない』

という部分は面白いと思った。
仕事の本質っていうのは、つまり、

モノやサービスを売って、お金をもらう

っていうシンプルなことを意味すると察する。
(いや、当の上司はこんなこと考えてなくて、勢いで言っただけだと思うけど。)


本当にそうだっけ?

たとえば、そろばんと電話と紙の帳簿の手作業の時代から、
インターネットの時代に移り変わった。

計算も一瞬、連絡も一瞬、情報収集も一瞬、で完了する時代に移り変わったというのは事実。

で、モノやサービスを売って、お金をもらう

という本質は変わらない。
そして、情報の処理スピードが向上したのだから、余暇ができてもっと楽しい世の中になっているはずなのだ。

そのはずなのだ。

おかしい。

少なくとも、残業時間がなくなって、ハッピーになった人が多数続出、というニュースは聞いたことがない。

世の中はそんなに簡単ではないらしい。

ここで使ったネタだけで、推測するならば、

インターネットやらの情報化で、いままで手作業でやってた仕事がなくなった。
→手作業ぶんの人材がいらなくなって、リストラ。
→結局、必要最小限の人材のみの組織となる。
→一人あたりの労働時間は変わらない。

ということだろうか。

あと、企業側は人件費削減のために、必要最小限よりもさらに人材を放出してしまったので、残った人の負担が増えた。
さらには、希望退職を募ったら、予想以上に申し込みが合った上、有能な人も出て行ってしまったため、残った人の負担が増えた。

実際の社会で起こっていることは、こんな簡単な予測では追いつかないと思うけどさ。

もうちょっと掘り下げてみたいとは思うけど、
そもそも、冒頭で使った、経理のえらいさんのコメントは真理なのか、それが気になる。

本当に、仕事の本質は、昔とかわっていないのだろうか?

posted by 小森あさ at 04:59| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月17日

そ、早期実現を目指す!?

ブログ、シゴタノにて

残業代を支払うのではなく

という記事を発見。

要約するとこんな感じ;
仕事ができない人→もたもた長時間はたらくので残業代をもらって稼ぎが多い。
仕事ができる人→要領よく短時間で仕事を仕上げるので稼ぎが少ない。

まあ、一昔前の日系企業では、おかしいなー不公平だなーと思いながらも、受け入れられてきたルール。

これを読んで、ホワイトカラーエグゼンプションという用語を思い出しました。
ネットで調べた感想ですが、えぐかったですよ、実に。

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posted by 小森あさ at 06:09| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

脳年齢のアレ、その3

最近、脳をきたえる、あたまやわらか、だとかいうキーワードでゲームやら書籍やらが出ていて、これっていうのはつまり、

うまくカモフラージュされた老人向け商品

のことだと思っている。


前にもちょっと書いたかもしれないけれど、

高齢者は老人扱いされるのが嫌いで、露骨に高齢者向けってわかってしまうモノには、近づかないし、買わない。

かといって、日々の老化は自分でも感じてしまうのだろうし、老化に対抗する術をもっとも欲しているのも彼らではある。


だから、アンチエイジングだとか、脳をきたえましょう、とか

一般の人向けですよー

という謳い文句になっている(と私は思っている。)


なんで、こういうカモフラージュされた老人向け商品が市場に出てきたのかっつーと、

少子高齢化だし、今の高齢者は日本の高度経済成長、つまり右肩上がりの経済で逃げ切っちゃってるので、

おおまかにいうと、日本の人口分布は、金持ち老人たくさん、貧乏若者ちょっぴり、という構造になっていて、

金がなくてマイノリティーのガキよりも、人数の多い金持ち老人をターゲットにした方が儲かる、と思った人がいるんじゃないかと考えてみた。ま、当然ですけど。

商売としては、正しい姿だと思いますよ。

しかし、国の姿としては、それでいいのかなあ、と思わなくもない。

モノを売る側としても、若者層に対して売る気がなくなったらまずいし、
選挙にしたって、人数が少なくて票も小さい若者の意見は反映されないことになっちゃうし、

ていうか、今の老人をちやほやして、若者をのけ者にしてて、次の世代の日本はどうなっちゃうの?
10年20年先の未来にその若者がいい年齢になったら?

そのときの日本の姿を考えると、なんだか危険な気がしないでもない。

posted by 小森あさ at 05:14| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

脳年齢のアレ、その2

先日、脳をきたえる〜なんとかソフトを無理矢理やらされて、ひどい成績でがっくり。

確かに、ボケ防止には役に立ちそうだ。

これをやりながら、学生時代にやった工場のラインのバイトを思い出した。

一つのラインで、タイプの違う部品を組み立てる、ってやつ。

こんな感じ。。。
A社向け部品は、BパーツとCパーツをはめ込む
D社向け部品は、EパーツとFパーツをはめ込む
パーツをはめ込んだら、ボタンを押して、部品をラインに流す。

しかも、A社向けっていうパネルが部品と一緒に流れてくるだけでなく、A社向けの時は、必要なパーツの箱の取り出し口が光ってそこから取るよう機械的にわかるようになっていた。

記憶と反復。

ゲームもこんな感じだった。


これをさ、若者がずーっとやってたら、危なくないですかね?
受け身で従順な人間になってしまいそう。

なんか、洗脳みたいな。

posted by 小森あさ at 04:37| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月20日

脳年齢のアレ、その1

先日、知人から頼まれて、

脳を鍛える〜なんとかシリーズの書籍を注文した。

あと、社内報を読んでいたら、

インターネットやパソコンの普及でみんな頭を使わなくなったから、頭のエクササイズが必要というアドバイスが書いてあったけど、

大きなお世話

だと思うが、どうだろう。
そもそも、コンピュータの普及→頭使わなくなったってのは短絡過ぎじゃないのか?

たとえば、タバコを買うにしても、自動販売機で買うは、お金を入れてボタンをポン、なのが
昔は、タバコ屋のおばあさんと会話があっていろいろあったんだよ〜ってことなんだろうか。


もう7年近く前のことになるが、地方の病院でコンピュータ関係のバイトをしていたことがある。

その副委員長に言われていたのが、

1.今、子供の間でポケモンが大流行
2.老人はお金を持っている

ということから、老人向けのポケモンのようなものをつくれば、大きな市場になるよ、と。


なんのことはない、今これが起きてるわけですよ。副委員長の予言というかね。

現在、日本の最大勢力である高齢者。
老人あつかいされるのが嫌うが、健康と老化に一番気を遣っている。

そのマーケットに、老人向けと書かずに、脳をきたえる、といえば、そりゃあ飛びつくだろうさ。


で、まだ30代になったばかりの知人には、ボケ防止の本が必要なのかな?と思ってみたり。

このネタ、いろいろ角度をかえるとおもしろい見方ができそうなので、しばらく引っ張ってみます。
posted by 小森あさ at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月28日

人生をなめるな!(笑)

なめるな!

ですって。

こいつは、残業しないでさっさと帰宅している私への、上司からの叱咤激励。本日のね。

まー、結果から述べさせていただくと、

人生をまじめに考えてるから会社を辞める

んですけどね。


大多数の人にいわせれば、私の我慢が足りないってことになるんだろうし、私もそう思う節はある。

しかし、だ。

いま現在、課長以上になれた人たちは、我慢すりゃあよかったのだろうけど。
私が勤務している会社ってのは、売り上げもけっこうイケイケで、社員も毎年増員中。

周りからも、大企業におつとめでよろしくて、なんて言われてるけど、本当にそうか?

増員に次ぐ増員で、出世街道は大渋滞。人数多いからね、当然だけど。

ちょっと前まで、課長ぐらいまでは年功序列でエスカレーター式に上がっていったのだけど、係長もすでにパンク状態。
会社も実力主義に舵を切ってしまい、まったくもって、将来の昇級と昇進が約束されなくなった。

(逆に、若手の課長も誕生して社内で話題になったけどもさ。)

だから、今の課長以上クラスは、年功序列時代の逃げ切り野郎でもある。いや、能力のある人も大勢いるはずだけど。

自分の時代の残業伝説やら我慢大会の成功体験があって、そのガンバリズムだか何だかを各方面に押し付けてるのだけど、それはお門違いですよーと。

だって、あなたと同じレールの上を走っても、あなたの階級までたどり着かないんでしょ?


そういうわけで、冒頭のなめるな人生!の人生の部分は、つまり

年功序列でエスカレーター式

のことであって、今まさに

実力主義の荒波

に叩き込まれた我々の人生とは意味が違っていて、そもそも議論にならない。


試合のルールが実力主義に変わったのに、年功序列時代の成功体験を持ち出されても、説得力ないし。

posted by 小森あさ at 06:40| Comment(3) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月25日

東洋の魔女、を引き合いに出すな。その1

ワールドカップ2006も日本の敗退で、一段落といったところですかね。
ドイツはまだまだ活躍しており、決勝トーナメントも始まったばかりで、ヨーロッパでの盛り上がりは、これからが本番。

ワタクシゴトではありますが、そろそろ帰任〜退職までの手続き書類を書き始めている今日この頃です。

どうして会社を辞める気になったかというと、諸々の事情があるだけれど、
サッカー日本チーム応援の熱狂と関係あるような気がしないでもない。

(私が退職の意思を表明したのは、数ヶ月前なのですが)

さて

最近の日本人は、根性や気合いが足らん!

という人々がごく一部にいて、いや一部だったらいいのだけれど、

昔のスポ根を引き合いに出したりする。
または、プロジェクトXあたりも持ち出したり。

やはり、日本のスポ根(死語ではあるが)のトップといえば、

東洋の魔女と呼ばれた東京オリンピック女子バレーチームの金メダル獲得

ではなかろうか。

今回は、この東洋の魔女を題材に、アンチスポ根ネタを展開し、私の退職と日本サッカー代表の敗退に結びつけたいと思う。

まず、東洋の魔女 とは何者かというと、1964年の東京オリンピックの女子バレー チームにつけられたニックネーム。

このときの監督大松博文氏は、「鬼の大松」と呼ばれ、スパルタ教育で有名。

このときの日本の状況はどうだったかというと、1945年に第二次世界大戦で敗戦国となった日本が、11年後の1964年に東京オリンピックを開催し、世界に対して日本の復興を知らしめるための国家の威信をかけたイベントの真っ最中。

確かに、焼け野原から10年ちょっとでオリンピック開催地になれた、というのは驚異的。

そんな中での、日本女子バレー金メダルであるからして、その熱狂たるや今のサッカー以上のものだったと推測する。
また、その試合の視聴率は戦後の日本で最高だったらしい。

さて、興ざめになってしまうが、なぜ日本女子バレーチームが勝てたのか、ということをわざわざ分析というか掘り返してみたいと思う。

1. 実は、参加チーム数が少なかった。

女子バレーは、
日本、ソ連、アメリカ、ポーランド、ルーマニア、韓国
の6カ国。

数学的に考えても、トップに立てる確立は、1/6である。

参考までに、東京オリンピックの男子バレーは10カ国で、日本は銅メダル=3位。
2006年ドイツワールドカップの決勝トーナメントは、16カ国で、日本は予選リーグ敗退。


2. ホーム試合であった。

東京オリンピックの開催地は、言うまでもなく日本。
韓国を除けば、日本の気候や食事に他国選手が馴染めていたかどうかはわからない。
観客も当然日本人が多く、環境として他国に不利な状況だったと推測する。

心からもてなすのが好きな日本人であるから、最高級の刺身料理とか振る舞ってないと思いたい。
当時の日本人なら、悪意まったくなしで、生魚を連発したかもしれん。

3. スポーツの選択の幅が少なかった

東京オリンピックでは、20種目。
最近のアテネオリンピックでは、37種目。

このことからわかる通り、競技の数が増えている。
近年、野球、サッカー、バスケットボール、ゴルフ、アイススケートなど、世界的に活躍する日本人が増えてきている。
これはとりもなおさず、身体能力に優れた若者の選択肢が増えたということだろうが、反面、天才が分散してしまう危険性もあるのでは、と思う。

東京オリンピックの当時、まだ戦後10年程度であった日本に、スポーツの選択肢が多種多様でなかったと推測する。
であれば、そのときの選手選考には、今ほど分散されない、多くの有能・有望な若者が集まったのではないだろうか。

そのような選手たちを、スパルタでしごいたのだから、強くならないわけがない。


(つづく)










posted by 小森あさ at 04:32| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月01日

みんな余裕だね

今日で三人目。

三人目は、ドイツの田舎にあるベトナム人が経営している寿司屋の日本人店員。
一人目、二人目は会社の人。

疑惑というか質問の内容はいつも同じ。

ひとりでパリ旅行したのか?ってこと。



観光地やらきれいな場所は、

すくなくとも友達以上恋人未満と

行くべきだと言うことに、私としても異論はない。特に、パリはね。


本当のところは、

独身30歳男性パリ一人旅

がどっちにしても真実。少なくともブログの記事タイトルにはしたくないけどさ、こんな気持ちわるいフレーズ。


ひとりで楽しい?って毎回旅行のたびに聞かれるんだけど。

さびしいに決まってるだろ!

道に迷ってもパートナーとケンカしたりすることもないし、へんに気をつかうこともないので、自由を謳歌できるってメリットもあるにはある。


赴任前までは彼女いたんだけど、結局、遠距離恋愛で自然消滅したわけですが。日本とドイツ、じゃあねえ。

あのころ、

彼女と結婚して一生サラリーマン
 or
サラリーマン辞めて起業

のどっちかの選択肢があったんだけど、

当時の彼女に振られたので、二択じゃなくなって、

起業

するしかなくなった。


事業資金を貯めたければ、旅行しなきゃいいのに、というアドバイスをくれる人もいたけど、

起業なんてクリエイティビティというか他の人と違うことが大事な仕事がやりたいというのに、ヨーロッパの町並みを見て刺激を受けないで帰国するなんて愚の骨頂だと思う。センスを錆び付かせる気ですか?

しかし、節約しろ、のご説ごもっともなわけで、今年は旅行も減らしたし今回のパリ旅行で一区切りつけようと思ってる。

思うのが、みんな余裕だなあって。すごくうらやましい。

その、パリは誰といったのよ〜?みたいな疑いを持っちゃう人は、将来が不安じゃないんだろうか。

お金がすべてだとは思わないけど、お金は人生において必要なもの。

中流の壁を乗り越えて、その先が見てみたくて、それにはサラリーマンじゃダメだって、起業するしかないって、必死になって勉強したり、人脈を作ってきたんだけど、この11年。

本当は、そんな必死なのは重要じゃなくてアホみたいで、そんなことは置いといて、旅行してハッピーになれる相手を見つけるのが先なんだろうか?



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posted by 小森あさ at 04:55| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

21世紀の救世主かも

パリ旅行

パリ紀行/ルーブル美術館

とかの続き物の話ですが。

パリの地下鉄でのお話、

お母さんにつれられた、黒人の男の子(10歳ぐらい?)が、電車の中で

Nintendo DS

をやってるではありませんか!しかも、夢中で。
で、電車を降りるときも、ゲームしながら歩いて出て行ったわけですが。

そのときに、ちらっと見えた画面が、

ドラゴンボール

って、おいおい!



この地下鉄での光景を見て、もしかしたら日本は21世紀後半に世界の救世主になれるかもしれん、とふと思ったわけです。

今ニンテンドーやってる子供は、あと20年もすれば大人になるわけですよ。
そして、仮に戦争つまり第三次世界大戦が起こったとしたら。


子供時代に遊んでたゲームのキャラクターを空に投影して、

戦争は辞めよう!童心に帰ろう!

なんてメッセージを送るのはどうだろうか?

つまり、ポケモンジェットならぬ、ポケモン戦闘機。

まー、アニメやゲームのキャラクターが戦争に使われるのはどうかと思うけど、世界平和のためならアリ?

平和憲法だから兵隊は出せんが、停戦のためのキャラクターは出す!みたいなのはどうでしょうかね。



戦争は極端な例だとしても、日本人ビジネスマンが世界で仕事するときに、ニンテンドーの話が共通語になると思う、この先。

オレも子供のときやってたよ〜なんて話で商談が進むかもしれない。


世界中の子供たちが、日本のゲームをやる時代が来ていますよ。いろんなチャンスがありそうですよね。くれぐれも悪用しないようにしてほしい。

posted by 小森あさ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月30日

グサリ。

「社会のしくみが変わった。日本で貧富の差が広がる。わかったけど、もう大人になっちゃった人はどうするの?」

なんてこと会社の先輩に聞かれて、グサリと来ました、今日。

会社でも日本危機論なんてぶって、会社でも煙たがられている小森でして、冒頭の問答になったわけですが、本当の本質のところは、解決方法がないところが問題なんじゃないかと。

やれ、インターネットだ、勝ち組負け組だ、能力主義だ、ドッグイヤーだのを振り回して、格差がやってくるだの、下流の時代だの、理屈をこねてるわけですが。

結局のところ、じわじわと、真綿で首を絞めるようにやってくるその社会に対して、このようにすれば解決できますよ、という明快な答えがないという現実。

何て答えればいいんだろう。

posted by 小森あさ at 03:21| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月24日

あなたがたの思う通りにはならなかった

とりあえず、部長、社長、所長その他に退職の意思を伝えた上で、10月退職になりそうです。
(今までの経過は、当ブログの過去記事参照願います。)

でもって、思い起こされるのが、先輩社員の方々。

昨年あたりから私は、会社辞める〜、起業する〜、って叫んでたのですが。


彼らは、冷ややかに

「いやー、辞めるって言ってる奴ほど、ぜったい辞めないんだよねー」

って得意げに言ってたんですけどね。
やれるもんならやってみてよ、みたいな。

わたくし、正式に辞めることになりましたが、何か。


住宅ローン抱えてる皆さん。返済がんばってください。

と私の方からエールを、ここは一つ。
posted by 小森あさ at 13:36| Comment(2) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

レクサスのシナリオ予想

顔から読み解くトヨタとレクサス


という記事のつづき。

今のところ、日本国内でのレクサスは低調らしいし、自動車雑誌でのディーラーの評判もよろしくない。

金持ち嫌いの貧乏人にとっては、してやったり、なんじゃないでしょうか。
ほれ、みたことか、レクサスなんて興味ないもんねー、と。庶民からは非難がバンバン。


私の予想というか、予想しなくてもわかるんだけど、レクサスがハイブリッド出したときに歴史が動くと。


プリウスのモデルチェンジを思い出してほしい。
あのとき、ハリウッドのスターたちは、こぞってプリウスでパーティーとかに来てたわけですよ。

あれは、プリウスを世界的に有名にしたと思うし、あれを見た一般人も乗ってもいい、むしろ乗りたい、と思ったはず。

でも、スターたちの本心は?

ガソリン価格が上昇しているアメリカで、環境に優しくエコでインテリジェントなイメージを出すにはプリウスしかなかったから、乗っただけなのでは?

本来は、庶民が乗るための中型車ではなく、上流階級向けで大型のプレミアムな車に乗るべき人々なのだから。

今のところ、ハイブリッドを民間に大量生産しているのは、トヨタしかいない。(ホンダも作ってるけど、マーケットのセンターにいるという意味で)

まさに、今、トヨタはお金持ちのためのハイブリッドを作っている。

そして、そのときスターたちは、それに乗るしかないのだ。

レクサスのハイブリッドが売り出されたとき
そして、スターたちが乗り始めたとき

プリウスと同じ反応が、世界中で、もちろん日本でも起こると思う。
これが、私の考える日本でレクサスが炸裂するタイミング。
(でも、庶民には売ってくれない。ハイブリッド欲しけりゃ、プリウス買いな、っていうだろな)

世界中で、レクサスのハイブリッド旋風が巻き起こったとき、世界のプレミアムカーは5年10年遅れたテクノロジーでトヨタを追いかけることになるわけで。

そのとき、トヨタ・レクサスの世界での売り上げはどうなるか?


もし世界一になっちゃったら、これまた、日本バッシングが始まると思うのですが、どうでしょうか。
そして、日本バッシングが始まったら、庶民が海外旅行にいっても叩かれるかもしれん。。。迷惑な話ではある。



ところで、今のレクサスの赤字を埋めてるのは、庶民派トヨタ販売店の黒字=貧乏人のローンであることは、悲劇的であり喜劇的でもあると思いませんか。
posted by 小森あさ at 17:58| Comment(1) | TrackBack(1) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ある理系大学の講義中の風景

エビちゃん的クライシス


という記事を読んでインスパイヤされたので、当ブログでもネタ出しをぜひ。

簡単に要約すると、文系?の大学生が「フェミニズム 」という言葉を知らなくて、先生驚いちゃった、という内容でした。


さて、
私も学生時代、講義中に似たような事件に遭遇したので、ネタ出しさせてもらいたい。


電子回路の講義中だった。確か、オペアンプ の授業だったと思う。


ふいに教授が、ある学生に質問した。

「家庭用コンセントからは、何ボルト出てるかね?」


その学生は、数分押し黙った後、不安そうに、
「5ボルト?」
と半疑問形で答えた。


その場は、凍り付いた。
(答えは、100ボルト)

ここまで来ると、もう笑えない。


まあ、女子高生の理科の授業でこのやりとりなら、許せるが、

工学部のしかも電気・情報系
さらに3年生の講義中で
これはないだろう、と思った。


受験戦争の弊害とか、最近の若者とか、理系離れとか、については、ここでは触れない。


余談ではあるが、その後、彼は学部4年間を通して学業成績優秀だっため、推薦つまり試験なしで大学院に合格し、進学した。

こんなエピソードがあったこと事実だが、それが極めて少数であってほしいと祈るのみだ。


※ちなみに、ある学生、というのは私ではないことを付け加えておきますよ。(私の場合、大学院は第一次募集には間に合わず、第二次募集を受験し、筆記試験・面接の上、合格。)

posted by 小森あさ at 14:59| Comment(1) | TrackBack(1) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月15日

欧と米、追加

欧と米


直前に書いた記事が、あんまり小森さんっぽくなかったので、ちょっと補足。

アメリカの考える美徳っていうのは、MBA のようなものだと思う。

絵画一枚を生産するのに、キャンバスと絵具と用具の原価と、絵を描く人の人件費、
あと、絵を欲しがる人の需要と、一日とか一ヶ月で生産できる供給量

のバランスを最適にするとか、しないとか、そういうものではないか?

もしくは、機械化・自動化して大量生産。近代国家の得意技ではある。


日本はアメリカに育てられたから、モロに影響を受けていて、だからエコノミックアニマルなんて呼ばれて、ちょっぴり軽蔑されているんじゃないのかね。

そんなアメリカ人と日本人に、芸術の深みがわかるのか?もちろん、日本人である私も含めてね。


(ちょっと毒とひねりが足りませんね、旅行疲れ?)
posted by 小森あさ at 04:43| Comment(2) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

欧と米

この週末、オランダの首都アムステルダムにあるゴッホ美術館 にいってきました。

「イヤー、オーマイガッ!」

と騒いでるトレーナー・Tシャツ・ジーンズ姿のアメリカのハイスクールの団体客を、

シックでお上品な洋服のフランス人(と思われる)老婦人が

苦々しく見下してる?シーンをよく見かけます。

その脇を、日本人の若いカップルや老人団体グループが静かに通り過ぎていく。


こういった有名なヨーロッパの観光地には、傍若無人気味のアメリカ人団体観光客をよく見ます。
だいたい、ハイスクールの修学旅行みたいなメンバーですかね。団体でなければ、金持ちっぽい人。


日本では、”欧米”という表現でワンセットになってますよね。

欧米=西洋

みたいな。


でも、両者は本質的に違う、と感じました。


美術館のエキシビジョンで、今回はレンブラント 展が併設されていたのですが、すごい人気でした。

レンブラント生誕400周年というキーワードでイベントが行われていたのですが、

レンブラントが生まれた1606年ごろは、日本はちょうど徳川幕府 ができたころですが、なんとアメリカはまだ誕生していません。

アメリカ独立戦争 は1775ー1783年で、建国は1783年。


レンブラントが芸術しているころ、アメリカ大陸の上にはなーんにもなかったわけです。
民主国家として世界を制覇しているように見えますが、文化的にはヨーロッパには遠く及ばない。

ちなみに、美術館の主である、ゴッホ の生きていた1860年代にアメリカが何をやってたかというと、

南北戦争 です。

アメリカ人がヨーロッパにやってくる、というのは、つまり、歴史を味わいに来ているわけで。
自分の国の歴史以前に、これだけの文化・芸術が存在して、しかも、保存されて公開されている、というのはどういう気持ちなんでしょうかね?

できることといえば、自分のルーツがヨーロッパであることで何とかアイデンティティを維持することぐらいでしょうか。

西洋というひとくくりでは言い尽くせない大きな違い。
このように、歴史の深みという点では、ヨーロッパとアメリカは全く異質なものだと感じた、美術館での一日でした。

(そういう意味では、日本も文化・歴史の面でもっとプライドを持っていいのだと思いますが、趣旨が変わってしまうので、ここでは述べませんよ。)

個人的には、江戸時代に描かれた絵画がきちんと保存され後世に遺されていることに驚きましたし、それを伝えてきた人たちの芸術に対する想いを強く感じました。

アムステルダムにお立ち寄りの際にはぜひ。

レンブラント展はイベントなので、この先やってないと思いますが、ゴッホ美術館の隣の国立美術館にレンブラントの名作が常設してあります。レンブラントを見たい方はこちらがよいかと。

posted by 小森あさ at 03:57| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

顔から読み解くトヨタとレクサス

この前の記事で、最新のPoloの顔が気に入らん 、と憤ってたわけですが、

この延長線上で、トヨタとレクサスについて考えてみた。

アメリカの自動車会社もガタガタで、今、トヨタが世界に打って出ているわけですよ。

今までは、顔に統一性がなく、個々の車としては魅力的だが、トヨタブランドとしての押しが足りなかった、と言われてます。

だから、今のヴィッツ、カローラ、アベンシスはフロントのデザインを統一している。これらは、海外向けである。というか、欧州育ちのアベンシスに合わせたんだと思う、たぶん。


さて、日本国内市場だが、トヨタの顔を統一すると困ったことが起きる。

お金持ちも庶民も、ぱっと見、同じになって、お互い気まずくなるわけで。いや、どっちかというと、お金持ち側がイヤなだけだと思うけど。

(コストにとてもシビアなトヨタだから、日本向けに別のデザインを起こすってことは、まずないだろう。)

国民総中流が崩壊し、所得の格差が広がっている社会で、これはマズい。

世界に向けて顔を統一してトヨタのブランドイメージを画一化すると、日本国内の富裕層でトヨタ離れが起きてしまう、ということにもなりかねない。

そこで、レクサスの登場である。

トヨタが設計したこの高級車は、欧米でレクサスとしてブランドになっており、これを日本に持ってきて売り出せばよい。

庶民派のトヨタ、ブルジョワのレクサス、このように区別してしまえば、それぞれにトヨタが設計した車を売ることができるわけだ。

これで愛国心ある富豪が、国産車を買いたいけど、トヨタは庶民っぽいしなあ、と悩む必要はなくなったわけだ。

今のところ、日本人の意識に中流意識がまだ残っているけれど、毎年毎年、格差がより顕著になっていくことはまちがいない。そのうち、中流意識が崩壊して、上流と下流にくっきり分かれる日がくるかもしれない。

そのときの受け皿を作ってるんじゃなかろうかと。

さすが愛知県の会社、江戸幕府を300年存続させた徳川の流れを汲んでいるわけだ。

(おもしろそうなネタなのでつづきますよ)
posted by 小森あさ at 04:04| Comment(2) | TrackBack(3) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月11日

格差社会はキモチイイ

最近、長い記事ばっかり書いてたのですが、やっぱり想いは短くさっぱり伝えた方がよいかと。
いっつも格差・階級の話になると、自分でもりあがってしまうので中止しないといけませんな。

さて、

日本では、戦後に平等が重んじられた教育が導入されたせいか、格差や階級についてはネガティブな印象を持つ人が多いかと思います。

反面、新聞などを読むと、格差を受け入れるような国民感情に少しずつ変化しているのだとか。


私は、まったくもって中流の家庭に育って、上流階級とは縁のないというか、見たこともない人生を歩んでいます。

それでも、

格差社会を受け入れなければならない、と考えています。


もともと人間は生まれてくる親も環境も選べないので、スタートラインから大きく違うわけです。その人の能力も先天的なもの、後天的なものがあり、一人一人は千差万別である、というのは当然ですよね。

それを同列に扱う、というのはどういうことかというと、

例えば、オリンピックに出ているマラソン選手といっしょに走ってタイムを比べるようなもんじゃないかと。


スキルの違う個々人が巨大な順位表の中で争うというのは、あまり意味のないことだと思いますし、下位の人間が受ける精神的苦痛というのはどんなもんでしょうか?

だから、階級=クラスっていうのは、能力の近いものどうしが集まって、その上の世界を見て希望を失わないようなグループなんだと思います。


本来、階級は自分を守ってくれる城壁みたいなものなんだと。

そこから出なければ、自分の実力が厳しい競争にさらされなくてすむわけですから。

そのクラスの中で競えば絶大な能力差を感じることはないし、そのクラス以上の能力があれば、上にいけばいいわけです。


例えば、野球だって、少年野球やら草野球、実業団があり、プロでは一軍二軍というグループ分けがされていますよね。他のスポーツもしかり。

ただし、下に行くのは本人の意思ではなくて、転落、というケースが多いので、この部分を大きく取り上げてネガティブっていってるんでしょう。それに、上への壁が高すぎるし、下へは容易に落ちる社会がやってきてますから、それはそれで問題だと思いますが

posted by 小森あさ at 15:05| Comment(1) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月10日

続・6ポケットの功罪のようなもの

6ポケットの功罪のようなもの


↑前回の記事のつづきです。ネガティブ編

前の記事では、モノあまり日本で、少子化で、甘やかされて育った若者たち。彼らが束縛のない場所で、コスプレしたりして、それが世界のトレンドとして注目され始めている、というようなことを書いた。
(詳細は、)

つまり、いわゆる最近のジャパニーズクールと呼ばれる文化は、6ポケットが作ったんじゃなかろうか、という説でした。

今回は、この6ポケットが生み出す、ネガティブな側面について考察してみたいと。


ま、考察も何も簡単な話で、大人になれない人が出てくるってこと。

働かざるもの食うべからず。

子供のときに、6ポケットのおかげで何の苦労もなくモノを買い与え続けられると、そのお金がどこから来ているのか考えなくなってしまうのではないかと。

別の記事で書いたのですが、ある会社の先輩の子供の誕生日で、彼の子供はバースデーケーキに興味も示さなかったそうです。理由は、ケーキなんてスーパーにもコンビニにも置いてあり、普段から食べているので、珍しくはないから、らしい。

モノを売る側に取っては、ガキはワガママな方がいい。

あれもこれも欲しいとガキがわめいてくれれば、6ポケットという打出の小槌から、どんどんお金が湧いてくるからです。そのために、アニメやゲームや漫画で子供を情報漬けにしているわけで。
(それがジャパニーズクールの原動力なのでしょうけど)


資本主義・商業主義の会社にとっては、なんでも欲しがる子供の方がより多くの利益を生むので、できる限り社会の厳しさ・つらさを知らずワガママな子供の方が都合がいいわけです。

この延長線上に何があるかというと、社会に対する耐性のない子供ができてしまうわけですよ。

大人になれない、と。


高校・大学あたりまでは、子供として扱ってもらえるわけですが、そこを卒業したとたん、彼らのまわりを囲んでいた壁がバターンと倒れて、倒れた壁の向こうに地獄が広がっている、みたいな。

いや、本来は壁の外が普通なわけで、地獄というほどのものじゃないんでしょうけど、壁の内側があまりに快適すぎたために、そんなことになってしまう。

例えていうなら、生まれたときから遊園地で育って、ある程度の年齢になったらそこを出ないと行けないんだけど、今まで外を見せられたことがないから、外に出てその世界のギャップに驚愕しているようなもの。
(わかりにくい例ですかね?)

悪い言い方をすると、使えない大人を量産しているようにも見えますよね。

子供のときは6ポケットからお金を取り出すための触媒として珍重されるが、大人になったら用なしとばかりポイと捨てられているような。私にはそう見えます。

社会に通用しない大人をつくる過程で、企業は利益をあげられるんだけど、企業側がその子を採用するときは使えないので排除するというサイクルが発生しているのではありますまいか。



前回の記事と併せてまとめてみます。

6ポケットによって、日本の子供は恵まれているように見えるし、彼らは世界が注目する日本発のトレンドを生み出している。しかし、その6ポケットで社会に通用しない人間を量産してしまう。

トーキョー発ジャパニーズクールなんて評価されて喜んでいる間にどんどん、使えない大人が量産されていき、そんな大人があふれかえる国になってしまったら。。。

世界に認められてるなんて、喜んでる場合じゃないのでは。

posted by 小森あさ at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

6ポケットの功罪のようなもの

近所のベトナム人経営の寿司屋で、世界のトレンドについて、店長から語られたのですが。

パリとかベルリンとか、ヨーロッパの古都は流行に対して鈍感なのだそうです。

そんで、ニューヨークとかロンドンから発信されるモードが遅れて、ヨーロッパに来てるのですが、そのさらに発信源はトーキョーなのだと語ってくれました。

彼の手元には、そういう雑誌があって、確かに渋谷での若者の記事が載ってました。ゴスロリやらアニメのコスプレとか。

トーキョーで発生したトレンドが、1、2年経ってロンドン、ニューヨークに伝わって、そこからさらに1、2年かけてヨーロッパに到達するのだとか。

そして、トーキョーの流行は1年ちょっとで廃れてしまうので、先回りしておかないと乗り遅れてしまうというような話でした。


このように、日本文化がトレンドの最先端を行っているという話をきいて、いちおう、喜ばしいことではありますが。

なぜ、渋谷の若者がトレンドを作り出せるのか、疑問に思ったので、ちょっと自分なりに分析をば。

キーワードは、6ポケット。

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posted by 小森あさ at 02:28| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

口ベタな、日本人、世界に飛び立つ

最近、

世界と日本、そして危機論

みたいな記事ばっかり書いてます小森ですが。


最近の記事で、日本人は群れる、外国人が苦手、ということを今さら指摘したのですが、今回は

外国人が苦手

のテーマで、ちょっと掘り下げてみたいと思います。


そもそも矛盾してますよね。

外国人が苦手、英語がヘタ。だけど、国際社会ではサミットに出席できるほどの認知ぶり。
言い換えるなら、話がつまらないおっさんなのに、なぜか女性にモテモテ、みたいな状況。

思うに、製品は口をききませんから、売るのは商社に任せて、あとは低価格・高品質なモノをひたすら輸出し、世界中を日本製品で埋め尽くした結果なんでしょうな。

今のところ、アニメ・漫画・オタク文化が世界中に認知されていますから、自動車と家電がコケても当分は持ちますから、大丈夫だと思いますけどね。

であれば、日本からの出て行く製品・文化の品質が低下したら、あっという間に国際社会から取り残されちゃう、ってことですよねえ。

今後も引き続きがんばっていきましょう。
posted by 小森あさ at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | わが人生に「杭」あり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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